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リシャール・ルノワール———パリ市内を縦断するメトロ5番線なかほどやや南に位置する小さな駅。滞在するホテルの最寄り駅だ。そこから二駅ほど南に駒を進め、フランス革命ゆかりの地、バスティーユへ。1日目、2日目、それぞれのセミナー会場をむすぶ連絡駅である。地上プラットホームへゆっくり駆け上りそして停まる車両の窓には陽を乱反射させるサン・マルトル運河がいかにもまぶしい。ここ、パリでのセミナーが、始まろうとしている。
300畳を超える大武道場である。真一文字に列をなす40名強の参加者たちをまえに、阿久澤先生の言葉は“コーディネイター”レオ・タマキ氏のあやつるフランス語へと矢継ぎ早に語音を変える。男たちは一言一句聞き逃すまいと正座のまま身じろぎひとつしない。まえのめりに体をすぼめ聞き入る者もあれば、ピンと背を張り正面をにらむ者もある。誰もが皆、先生の身振り手振りが武術色を帯びるその瞬間を見極めようとしている。鋭い視線を一身に浴びる先生の口調はいつも通りやわらかい。
四股、天地人とソロトレーニングがつづく。阿吽会の基本メソッドが約束するのは武術体への“緩やかな変貌”である。“緩やかな変貌”とはすなわち時間をかけたプロセスであり、そのプロセスこそが武術体なのだと言っていいだろう。彼の地への旅路そのものがまた彼の地でもありうるというのは、完成を見ない武術修行のパラドクスであり、そのことをもって我われは日々直面する現実への認識と態度を問われることになる。
初日のセミナーで参加者たちが切々と感じたのは“緩やかな変貌”へと支払われるべき“痛み”ではないだろうか。四股や天地人、そのほか静の鍛錬が求めて譲らない肉体の痛みは、彼らに(そして私自身に)語りかける。弛まぬ研鑽と向き合う覚悟について。修行の果てしなさと己の力の及ばなさについて。痛みによる肉体への通告は、ほどなく精神への恫喝に変わる。
修行者はこの声を聞き入れなくてはならない。精神の血を流しつづけなければいけない。そしてその血の契約によって“緩やかな変貌”は我われにいくばくかの“気づき”を耳打ちする。———参加者たちに笑顔はない。
設備の行き届いた町なかの道場。前日のスポーツセンターと打って変わり小ぢんまりとしているが申し分ない。ソロトレーニングの復習に入り、参加者たちから笑顔が消える。馬歩にはじまる鍛錬の基本要求について先生が丁寧に指導される。タマキ氏の通訳に目の玉で応え、足腰の震えにひたすら耐える参加者たち。ため息とも呻きともつかぬ声が聞こえてきたところで対人練習へ移る。・・・が、しばらくするとやはり似た声が聞こえてくる。
ソロトレーニングではコネクションの養成とフレームの構築に取り組み、パートナートレーニングではその成果の確認と調整に気をそそぐ。中腰で姿勢を正し、まっすぐ突き伸ばした両手を同じ体勢の相手と合わせてじっとりと前後に歩く。2日間にわたりこの対人練習には多くの時間が割かれた。筋力による押し合いではもちろんなく、腰を中心としたフレーム移動の訓練なのだが、相手の抵抗度合いによってはかなり厳しい練習となる。汗を滴らせながら行ったり来たり、往復が繰り返される。それだけに、押し押されることによる圧力とフレームとの関係、コネクションの係わり合いについて、参加者の肉体も何かしらの反応を示したのではないかと思う。肉体に問いかける訓練によって肉体から問い返される。阿吽会メソッドの特徴である。我われは耳を澄ませるほかにない。
セミナーの締め括りは接触トレーニングだ。自らを正しつつ相手を崩す。皆、思いおもいのスタイルでこのときばかりはと目の色を変える。様々な体格の者同士が肌をすり合わせ、もつれ合うことになる。重要なのは培われたフレームを自由な動きに反映させることだ。フレームが身体をみちびいてその場そのばでの反応をつかさどる。そのためにも、薄皮一枚に感知される相手の息吹をフレーム内に流し、自分のものとしなくてはならない。至近距離から放たれようとする拳を我が身の一部として制御できなければ、即座に鼻をへし折られ、アゴを砕かれてしまう。参加者たちもこの練習(初級クラスでの打撃は禁じられいる)を体験することで、腕力まかせで動くことの非効率を感じることができたのではないだろうか。また、ここにきて誰もが余すことなく力を発揮し、セミナーを文字通り全身で楽しんでいたように思われる。男たちのとびきりの笑顔を最後のさいごで見た気がした。
今回で3度目を迎える阿吽会フランス・セミナーだが、私個人が海外セミナーのお手伝いをするのはこれが初めてである。加えて、このたびはレオ・タマキ氏と雑誌社共催の演武会にも阿吽会の一員として参加させてもらい、この上ない経験をさせていただいた。演武会本番もさることながら、プログラムを作り上げる過程で先生の動きに幾度となく触れさせていただき、このときもたらされた生々しい皮膚感覚はいまなおはっきりと素肌に残っている。
セミナーに来られた方々もまた、先生を間近にしてかけがえのない時間を過ごされたものと願ってやまない。先生の動きに目を丸くされていた皆さんが、鍛錬法のほかにもそれぞれプラスアルファの何かを持ち帰ることができたなら、同行させてもらった者としてこれ以上の幸せはない。なお、リポートでは便宜上“男たち"とさせてもらったが、熱心な女性参加者が2人いたこともつけ加えておく。いつかまた、フランスでセミナーのお手伝いができる日を楽しみにしている。


———シャルル・ド・ゴール国際空港から成田行きの旅客機に乗り込んだのは、まもなくパリの陽が落ちるころである。滑走路がほの赤く照らされている。エンジン音が耳鳴りのように響き、視界を揺さぶる。中空へと舞い上がる機体からパリの灯りは見えない。高度が上がるにつれ窓の外は夕闇にとけてゆく。鳴り止まぬ轟音にそっと目を閉じてみる。遠くで、街の喧騒がこだましている。ふたたび窓辺に目を走らせる。かたむく機体から灯りは依然として見えない。空には星ひとつ見当たらない・・・見当たらないからこそ、夜の果てにパリの灯りがともっている。
(阿吽会・武術クラス 宮川和久)
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