パーキンス氏の誘い辞したわれわれは、脱兎のごとくバス停に向かった。しかし時すでに遅し。。。バスはもうなかった。
我々が乗ってきた路線と別の路線の電車が、まだ動いているかも知れないという。ロバートが白タクの運転手と交渉し、他の路線の駅までタクシーを走らせた。夜十時前で日没の遅いNYでもあたりは暗闇に包まれている。そして見知らぬアメリカの、家などがあまり見当らない土地に、ガイドブックに書かれている旅行に纏わるトラブル話が脳裏をよぎり、私は密かにどきどきしていた。20分ほどで駅についた。電車が止まっている。 「これで帰れる。。。」
NYCITYに戻ってきたのが夜11時半ごろ。スムージーのお店に立ち寄り疲れを癒した後、阿久澤代表、ロバート、私は、コーリアタウンに向かい夜中の12時すぎに炭火焼きのおいしい焼肉店で遅い夕食を食べた。しかし私は交流での緊迫感からの開放と無事に戻ってこれた安堵から、焼肉を目の前に不覚にもお店で爆睡してしまった。あの日食べ損ねた焼肉が心残りでした。。。

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